6月11日

 

 

6月11日は12年前に亡くなった元夫の誕生日で、私はこの日をちょっとだけ大切に思っている。

「亡くなった元夫」といっても、死別ではない。ただの(ただの?)離別だ。

離婚後に死んだ彼の正確な命日を私は知らず、なので代わりに、彼が生まれた日に彼を弔うことにした。

といっても何か特別なことをするわけではない。

普段よりほんのすこし丁寧に、慎重に、1日を過ごす程度だ。

そうして自身の生を引き締めることで彼の死を悼んだ気になっているけど、あるいは私は、彼の死を肴に自分の生を確認しているだけなのかもしれない。

 

私のやってることなんて、彼のためなんかじゃなくただの自己満足なのだ。

自分自身を労わり、甘やかしているだけだ。

 

彼と出会ったのは、私が26才、彼が22才の時だった。

仕事の昼休憩に立ち寄ったショッピングモール内の蕎麦屋で、その頃の彼はアルバイトをしていた。いらっしゃいませえ、おひとりさまですかあ、と誰よりも大きな声で目の前に飛び出してきた濃紺のユニフォームの青年に、私は少なからず好意を抱いたんだった。

オーダーをとりにきた彼に、私はミニカツ丼セットの単品はできるのか、そのミニカツ丼単品だけで空腹は満たされるのか、めかぶ蕎麦はなぜ他より高いのか、としなくてもいい質問を繰り返した。彼はそのいちいちに丁寧に答えてくれたうえに、会計時には「しーですよ」と唇に人差し指を当てるジェスチャーをして、10%値引いてくれた。そして「そのかわりまたきてくださいね、僕、火・木のお昼は大抵いますから」と言った。

目の前の好青年のあまりの眩しさに私は彼を直視できず、二度とその店には行かなかった。

 

当時私が勤めていた携帯ショップにたまたま彼が機種変更にやってきて、再会した。

私服姿の彼に私は気づかず(でもどっかで見た、どこだ、誰だこの子、とずっともやもやはしていた)、「全然蕎麦食べに来てくれないじゃないっすか」と言われてやっと「ああ!蕎麦屋の!」と思い出した。

その時彼が「なんか設定触っちゃったのか、変なの出てくるようになって消えないんですよね」と言って見せてきた携帯電話の画面には、じゃじゃーん!みたいな感じで『通話時間ランキング』というものが下位の相手から順に発表されていて、本当になんだこれは、と思った。

堂々の第1位は「美香」だった。ああそうだよね、そりゃ彼女いるよね、と心の中でこっそり舌打ちをした。

 

それから彼は付属品を買いにきたり、携帯の操作のことを聞きにきたり、時々店に来るようになった。最初のうちはまだよかったけれど、何回目かからはやたらマニアックなめんどくせぇことを聞いてくるようになり、もはやただのやっかいな客だった。私が彼のことを避け始めた頃(ここはペーペーの私の出る幕ではない、ベテランスタッフにお任せしたい)彼がまたやってきて、「もう買うものも、聞くこともなんも思いつかん」と言って連絡先を書いたメモを渡された。(即、連絡した☆)

後に彼はこの頃のことを、「俺危うくショップ店員より携帯に詳しくなっちゃうところだったよ」と言って笑った。

 

やばい、思い出したら泣けてきた。(私はまだこんなことで泣けてしまうのか)

 

その後私たちはつきあって、別れて、またくっついて結婚して離婚することになる(ざっくり)。

ちなみにあの日の「美香」なる人物については、今日まで謎のままだ。

 

離婚を言い出したのは、彼の方からだった。

その頃の彼は心を患っていて、それが離婚にまったく関係していなかったなんてことはないだろうけれど、それのみを離婚理由に挙げてしまう(そうしたくなってしまう)のは、私のエゴなのだと思う。私たち夫婦は、他に色々と問題を抱えていた。

 

離婚する日、私たちは「最後の共同作業」と言いながら二人で離婚届を提出し、帰りに市役所の通路の自販機でUCCのマイルドコーヒーを奢ってもらった。

離婚後もしょっちゅう電話やメールをしあったし、おたがいの家にも行き来した。

けれどいつのまにか彼は世界から消え、最後にした「ざっかふぇ(雑貨屋さん+カフェ)めぐりに連れて行ってもらう」という約束は、果たされないままとなった。

 

いまだに私は、ふとした瞬間に彼の名を呼ぶ。

この十数年、誰もいない部屋で、たったいま呼んだその名前をそのままごくりと飲み込み続けてきたせいで、私の消化器系はとっくにぼろぼろになっているんじゃないかと思う。かつてロキソニンを服用しすぎて胃炎を患っていた彼みたいに、私はあの子の過剰摂取。

 

 

6月11日(火)は、午後から有休をとって運転免許の更新に行くことにした。

30分の優良運転者講習が済んだら、もうあとは1日ゆっくり過ごすと決めていた。

なのにお昼ごはんを食べ終えて、13時過ぎに玄関扉に手をかけたちょうどそのタイミングで、インターホンが鳴った。

(いつもの)ヤカラだった。

「来ちゃった!」

じゃねえよ…

「サプラーーーイズ!」

でもねえのよ…(だとしたらせめて手ぶらで来んな

「はああ?私今日運転免許証の更新に行くって言ってたよね!?」と言うと

「え、まだ行ってなかったの?午前中で終わらせたんじゃないの?」とヤカラ。

「いやいやいや、午前中は仕事してて、午後から半休とったんよ」

「えええええ」

結局、警察署(すぐそこ)まで車で送ってくれた。

終わるまで車で待ってるというので、なんやかんやで多分1時間はかかるよ?と言ったけれど、待つと言う。暇か。

 

ああ、計画通りにいかない。

この煩わしさこそが「生活」というものなのだ、と思った。

自分の意図をちっとも汲んでくれない他人と関わる面倒くささ。でもそれは、そう悪いことばかりでもない。

ねえどうしてあなたはそういうものを全部自ら手放しちゃったのさ、と空に向かって問うてみる。

 

運転免許更新時には、更新手数料と講習手数料以外にも、任意で加入する交通安全協会とやらの会費の支払いがある。

若い頃は入らなかった。なんなら入会している人を侮ってすらいた。(今は全然そんなことなくなったけど昔は強制みたいな空気があって、NOと言えない日本人気質だせえ、くらいに思っていたのだ。)

でも今はもういい年なんだし、5年に一度、たかだか数千円、自分の稼いだ金を自分の意志で社会に還元するくらいのことはしようと思うようになった。

入会しますと伝えると、ありがとうございます、預かったお金は児童のランドセルのカバー費用など、交通安全を目的に使用させて頂いております、と説明を受けた。

 

結局、免許更新の手続きが完了するまでに1時間40分かかった。

ヤカラはその間ずっと駐車場で白バイを眺めていたらしい。(職質されませんでしたぁ?

この人は自身の健康に無頓着なので、そう長生きはしない予感がしている。できればあと20年(いや25年)は元気でいてほしい。

 

 

いま、ちょっぴり不安なことがある。

何十年か後、私がもっとずっと年をとって頭の中がわけわからんようになっちゃった頃、私は長年の習慣で、施設の一室で元夫の名を連呼しているんじゃなかろうか、と。(恐怖!)

そうなった時にややこしいのが、実は元夫とうちの妹の旦那の名前が同じなのだ。

事情を知らない人たちが聞いたら、「え…?」てならない?なんか韓国ドラマみたいな愛憎劇を妄想されそうじゃない?大丈夫かな?

 

私が呼んでいる人は妹夫とは別人だし、そもそもその名前すら私にとってもはや本体を伴わないただの文字列でしかなく、深刻な意味も何もない、ただの癖みたいなもんなんだよ、だから見逃してあげて、と元気なうちに遺言書に明記しておきたい…と半分真面目に考えている。

 

 

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