side-B 白い猫の気持ち。

絵本『100万回生きたねこ』の登場人物、いや登場猫に、非常に興味深い猫がいる。

 

「白い猫」だ。

 

愛を知らないまま100万回もの輪廻転生を繰り返したイケメントラ猫に「おもしれー女」認定され、生涯とことん愛された、あの白猫である。

 

前回の【レビュー】『100万回生きたねこ』に続いて、今回は彼女に重点を置いて語りたい。

いや、むしろ私は最初から彼女の話がしたかった。彼女の話だけがしたかった。

ひとつ前のやつは、彼女について語るための長すぎるフリに過ぎない。

 

この物語の主人公である100万回生きたトラ猫は、100万回目の転生で野良猫に生まれ変わった。イケメンな上に100万回も生きてきただけあって、猫生経験(※人間で言うところの人生経験)も豊富。メス猫からめちゃめちゃモテまくっていた。

どんなメス猫もトラ猫のお嫁さんになりたがった。

大きな魚をプレゼントするメス猫。

上等のねずみを差し出すメス猫。

毛づくろいをしてくれるメス猫。

そんな中、たった1匹、彼に見向きもしないメス猫がいた。

白い猫だ。

「俺100万回も死んだんだぜー!」と言っても、「そう。」と答えるだけ。

「君はまだ1回も生き終わってないんだろ?」と聞いても、「そう。」

「俺サーカスの猫だったことあるんだぜー!」「そう。」

ついにトラ猫は、「俺は100万回も…」と言いかけて、「そばにいてもいいかい。」と言葉を変える。白い猫は「ええ。」と答える。

 

ちょっとこの塩分過多対応、意味がわからない。

 

もしもこれが夏休みの宿題の読書感想文とかなら、「白猫は精神的に自立していた(なので他のメス猫たちのようにトラ猫に媚びない)」くらいで事を収めたいところだけれど、本音ではそんなもんじゃ全然説明つかない。自立した大人の女性なら、もうちょっと相手の立場を慮った朗らかな対応ができそうなもんだ。けれど彼女はそうしなかった。

イケメン猫から「俺100万回死んでる」と聞かされてそっけなく「そう…」としか返さなかったのには、彼女なりのなんらかの意図があるはずだ。

そしてそれは、私には以下の3つしか思い当たらない。

 

 

①100万回死んだなんてふざけた話、マジで1ミクロンも信じてないし興味ない。(穴)

②実は白猫も既に100万回死んでるから、別に驚かない。(対抗)

③他のメス猫とは違ったアプローチで自分を売り込みたい。(本命)

 

 

①100万回死んだなんてふざけた話、マジで1ミクロンも信じていないし興味ない。

いきなり否定から入るけれど、これはない、と思っている。

だって、スピリチュアル系の話は、肯定派も否定派もみんな大好き。肯定派は盲信的に話にのめり込むし、否定派はどうにか暴いてやろうとたぎる。いずれにせよ「我関せず」でなんていられないのだ。ちなみに私はどちらかというと否定派だ。

もし私が白猫なら、「ひゃくまんかいぃ~?はぁん?」と思いつつ、一旦泳がす。

ニヤニヤしながら「王様の猫の時ってやっぱナイフとフォーク使ってカルカン食べてた?」「100万年前の気候ってどうだった?クーラーとか要らない感じ?」「アナログ社会とネット社会どっちが快適?」「アナログの程度にもよるよね?いつの時代がちょうどよかった?」「今を生きてる喜びが宇宙(そら)を駆ける?」「oh、愛を刻み込もうよ?」「ウパウパウパ?」と質問攻めにして、相手の出方を見る。

「俺100万回生きてる」なんて吹聴して回ってるやつ、それが真実ならすごいことだし嘘ならヤバい奴だし、どちらにしてもおもしろいことに違いはない。「そう…」だけで放置なんて、もったいなくてできるはずがない。

 

 

②実は白猫も既に100万回死んでるから、別に驚かない。

可能性なくはないな、と思っている。

トラ猫の「俺昔サーカスの猫だった」自慢を、もしも「は?そんなん別にフツーですけど?私なんて前世シルク・ドゥ・ソレイユ所属でしたけど?」て思いながら聞いていたのなら、「あっそ」としか思わないのも理解できる。

とはいえもし自分同様に転生を繰り返している猫が他にもいると知ったら、私なら、同じ転生者に巡り合えた奇跡にめちゃめちゃ興奮する。「同士よ!!!」ってなる。たぶん泣く。同士の両前足がっつり握ってぶんぶん振りながら(握手)、泣く。

「えー!どこ?どこのサーカス団?」て詳しく聞いてたがいの職場のブラックぶりを競い合いたいし、「え、うそ、地元一緒じゃん、どこ中?」と大昔大学生のコンパでやったみたいな会話で盛り上がりたい。そしてきゃっきゃするだけじゃなくて、今後どうすべきかの対策もしっかりすり合わせしたい。協力してこの呪われた輪廻の輪からなんとしても脱け出したい。「そう…」だけですますなんて無理だ。

……けれどもし、こっちが彼のはるか上いく1000万回生きていたならどうだろう?

疲れ果て、とうの昔に全てを諦めた私には、はしゃぐトラ猫の姿が滑稽にも憐れにも映るかもしれない。(けっ、まだたった100万回かよ、ひよっこが…)と目の前の若僧にうんざりしながら、「そう…」とだけ言い捨てて立ち去るかもしれない―。

いやいやいや、そんなわけないから。100万回も1000万回も一緒ですから。

ぶっちゃけ私はトラ猫の言う「100万回」には懐疑的だ。転生も30回あたり超えたら回数なんかわかんないって。多分あの子も自分が何回転生したかなんてもうわかんなくなってたと思う。実際はいいとこ7000回くらいだったんじゃなぁい?て疑ってる。

 

 

③他のメス猫とは違ったアプローチで自分を売り込みたい。

なんやかんや言っても、結局のところこれ一択でしょ?と思っている。

この白猫、「そう…」「そう…」「そう…」と散々ツンツンしておきながら、「俺はひゃ… そばにいてもいいかい?」「ええ。」の返事が即答すぎるのよ。まさかのオッケーに、えっ、いいの!?てトラ猫も驚いたことと思う。

この瞬間、「ハイ、落ちましたーーー!!」って白猫が脳内で拳振り上げた絵が私には見える。

たぶんこの子、恋愛指南書の類を相当読み込んでるんじゃないかと思う。

いや、電子漫画かも。

あれは電子漫画でよく見かける、異世界転生悪役令嬢のやり口によく似ている。

ある日突然小説世界の悪役令嬢に憑依しちゃったヒロインが、貴族令嬢たちの憧れの的のハイスペックイケメン俺様皇太子に対して全然関心ないそぶりで奔放にふるまって、結果皇太子が「なんだあの変な女…(好き♡)」ってなる、あれだ。

ピッコマか、LINEマンガか、めちゃコミか、マガポケか、comicoか、サイコミか……いずれにせよ、相当課金してるに違いない。もしも白猫がワイモバイルユーザーなら、LINEマンガがお得だよって教えてあげたい。

 

 

そうして策略を巡らし見事トラ猫の愛を勝ち取った白猫(※言いがかり)は、果たして幸せだったのだろうか。

いかんせん口数が少なすぎて(「そう」と「ええ」しか言わないんだもの)、彼女の心情を推し量るのは難しい。

 

100万回生きたねこ』を読み終えた読者の多くはきっと、トラ猫と白猫の愛の物語に感動するだろう。それは正しい感覚だと思う。

けれどこの絵本から私たちが実際に文字で受け取れる情報は、トラ猫からの一方的な愛ばかりだ。

『ねこは、白いねことたくさんの子ねこを、自分よりもすきなくらいでした。』

『「あいつらもりっぱなのらねこになったなあ。」と、ねこはまんぞくしていいました。』

『ねこは、白いねこといっしょに、いつまでも生きていたいと思いました。』

全っっ部、トラ猫の気持ち。

白猫は自身の感情を一切言葉にしない。なにせ無口。

もちろん彼女も「ええ」と相槌を打ったり、ごろごろと喉を鳴らしたりはする。そこに白猫からの愛めいたものがちら見えしているような気はする。けれど、気がする、だけだ。私たちは誰も、核心に触れることはできない。

 

ごろごろと喉を鳴らしたからといって、トラ猫に寄り添って死んだからと言って、それが愛の証明になるわけではない。

きっとかつてのトラ猫ですら、「だいきらい」だったおばあさんのひざの上で喉くらい鳴らしたことはあっただろう。(習性には抗えない)

そしておばあさんや、トラ猫を愛しトラ猫のために泣いたすべての飼い主たちは皆、まさか彼が100万回も生き直すほどに自分たちのことを嫌っていたなんて、想像もしなかっただろう。

 

自分を泣きながら看取った100万人の飼い主の側に、ついにトラ猫が立つ番となった。

その時、白猫は何を思ったのか。

トラ猫と生きた時間は、白猫にとってどんなものだったのだろう。

看取られた白猫は、どんな気持ちで死んでいったのだろう。

最期に何を言い残したのだろう。(やっぱり「ええ」だろうか。)

 

どんだけ考えてみても、100万回分の命を終わらせるほどの愛なんて知らない私には、彼女の気持ちはわからないのです。