昭和の歌姫は明菜ちゃんと私なんじゃないかって思ってる。

もうすぐ会社の旅行があるんだけどまじで行きたくない。

コロナが始まって以降ずっとご無沙汰だったからすっかり油断しきっていたら、不意打ちで復活した。どうやら世間は、コロナパニックから通常モードに戻りつつあるらしい。ヤメテ。

全国何拠点だかから集まってきたほぼ知らない人だらけの懇親会(席はくじ引き)なんて、どんな高級ホテルでどんな高級料理出されようが地獄でしかない。しかも今回は自由行動もなく、1日中団体で観光するって。うげー

土日に強制参加させるなら、旅費だけじゃなくて休日手当もください。あとそんな余分なお金があるなら給料上げてください。

 

服装は「スマートカジュアル」ですって。

何ですか?「スマートカジュアル」って。

私にはそういう常識がまるっと欠落しているので、スマートカジュアル、でネットで検索してみた。

 

ドレスコードには、全7種類あるらしい。

上から順に、フォーマル、セミフォーマル、インフォーマル、スマートエレガンス、カジュアルエレガンス、ビジネスアタイア、スマートカジュアル。

ほぼ知らん!「アタイア」なんて、何なのかイメージしようにもとっかかりすらわからん!

スマートカジュアルは、他のドレスコードと比べてカジュアルよりなのでそんな気負わなくていいものの、デニム、Tシャツ、サンダル、スニーカーはNGらしい。気負うわ。

 

基本私の服装はカジュアル(しかない)な上にここ数年で体重が10kg増量して、着れる服が本当にない。デニムのサロペットスカートか、ワイドパンツ(もちろんウエストはゴム)とダボダボのベストの組み合わせの2択のみで、毛玉と格闘しながらどうにか日々をやり過ごしてる。

靴も、サンダルとブーツとスニーカー(全部NGらしい)しか持ってない。

よっぽどの時のためのパンプスが1足だけあるにはあるけど、3歩歩いたらもう足が痛くなるような代物で、旅行になんて到底履いていけない。

さすがにこれはまずい気がする。

知り合いのヤカラにお願いして、買い物に連れていってもらった。

(市内にはイオンくらいしかなく、一番近いデパートまでは車(下道)で2時間かかるのです。私は車の運転が苦手なのです。)

 

車内では、助手席でダッシュボードに足のっけて(お行儀!)ずっと歌を歌っていた。

長距離だろうが中距離だろうが近距離だろうが、私はドライブ中いつも大昔の歌を熱唱する。主に1990~2000年代頃のJ POPか、もっとだいぶ昔のアニメソングが多い。子どもの頃から車酔いが酷くて、祖母に「歌を歌ってたら酔わないよ」と言われて以来、ずっと歌を歌っている。「口ずさむ」とかのレベルではなく文字通りガチ「熱唱」なのでヤカラには嫌がられるけど、呪縛のように声を張り上げて歌い続ける私はある意味、あゆや安室ちゃんにも負けない歌姫なんじゃないかと思う。自分が自分であるために、(車酔いの)宿命を背負って、歌い続けるんだ―。

最近、テレビで中森明菜さんが歌っている姿を見た。

『飾りじゃないのよ涙は』を歌う彼女の美しさに圧倒されて、その後YouTubeで何度も見返した。私が子どもの頃の歌で、当時は特に何も思わなかったけれど、今見るとめちゃめちゃかっこいい。

「かぁざりじゃないのよなぁみだは~ハッハァァ~~ン!!」

目を閉じて左手でリズムをとりながら喚き散らす私に、「うるさい!!!」とヤカラ。

「いや私ね、最近『成瀬は天下を取りにいく』っていう小説を読んだんよね」

「…で?」

「その中で、ただの女子中学生の成瀬さんと親友がM-1 の予選に挑む話があって」

「うん」

「私今まで、M-1に参加する素人を信じられないって思ってたんよ。恥ずかしくないのかな、まじでどういうつもりだよ、って。でもね、成瀬さんに出会って、考えが変わったんよ。周りの目ばっかり気にして、世間の常識の枠からはみ出さないように生きる人生なんて糞だよね。私も彼女を見倣いたいなって。でも、だからって私がいきなりM-1出場はさすがに無理があると思う。だからまずは『のど自慢』に挑もうかなって。で、中森明菜の『飾りじゃないのよ涙は』を歌おうと思ってる。だからその時は客席で横断幕掲げててくれる?」

「絶対いや。恥かくだけだからやめとき。」

全然恥じゃないよ。私、カーン、コーン、てカネ2つだけ鳴ったら、昔のギャグマンガみたいにズコー!って華麗に滑って見せるよ。そんでエンディングでは優勝者を讃えつつ、チャ~ララララチャ~ララララララの音楽に合わせて元気に揺れるよ。

 

そうこうしながら、目的地に着いた。

 

久方ぶりのデパートの婦人服売り場には、センスとセンスをぶつけあうように並ぶきらびやかな春物服と、うわぁいまだにこんな感じなんだー!って逆に感心しちゃうような軽薄な店員さんがいた。

服自体はとても素敵なんだけれど、肥満の私にはどれもこれも笑っちゃうくらい全然似合ってなくて(これはもう私が一方的に悪い、申し訳ない)、なのに店員さんが二人がかりで次から次へと新しい服を持ってきては「素敵!お客様の雰囲気にとってもお似合いですううう!」て大嘘を吐きつづけるものだから、なんだか彼女たちのことが心配になってしまった。本心と言葉がずっとちぐはぐなままだと、だんだん心が削れていかないかな…

(つーか、お似合いどころかそもそもファスナー上まで届いてないのよ、ゴム持ってこい、ゴム!)

試着室では、持ち込まれた大量の服で雪崩が起きている。

店員さんは、ポコポコ(スマホゲーム)をしながらぼーっと待っているヤカラの方をちらり見つつ、「ご主人、本当にお優しいですね!」とこっそり耳打ちしてくる。

ちなみに昔は「ご主人」と言われるたびにとっさに否定していたのだけれど、最近はそのまま受け入れることにしている。めんどくさいだけだからいちいち否定するのはもうやめよう、とある時ヤカラと決めた。私達の関係が夫婦だろうが恋人だろうが友人だろうが、彼らにはどうでもいいことだ。

ポコポコやってるだけの「ご主人」が優しいと言われてぽかんとする私に、「だって、大概の男性はこんな風に待っててくれないですよ、すぐどっか行っちゃいますもん」と彼女が言う。無理やり褒めなくてもいいのに…と萎えつつ、はあ、とだけ返した。

実際、ヤカラはすぐどっか行っていなくなった。ヤカラがいなくなった後、また店員さんが「でも本当に優しいご主人ですよね~」と繰り返すので「え、でもすぐどっか行っちゃいましたけど(笑)」と言ったら、「だって、大概の男性は舌打ちとかしてますよ、ご主人全然文句言わないんですもん~!」と言う。本音と建前に苛まれた彼女の心の健康状態が本当に心配…。(あと文句ならLINEにがんがん来てましたからね

 

散々試着を繰り返した挙句、最後に着た服(=元々自分が着てきた服)が一番似合っていてびっくりした。これに決めた!と、その瞬間決断した。旅行には、ワイドパンツ(もちろんウエストはゴム)とダボダボのベストの組み合わせで行く。

でもこれだけ煩わせておいて何も買わないとか、店員さんに申し訳なさすぎる。せめて試着中にお借りしていたタンクトップくらいは購入しようと値札を観たら¥6,900だった。いや…タンクトップにこれは…ちょっと…しんどいかも…。罪悪感を抱きつつ撤退した。痩せて、絶対ここに戻ってくるから。必ず戻ってくるから。それまでもうちょっとだけ待っててください!!!

 

休憩スペースでぐったりしていたヤカラを呼んで、一緒に靴を見に行く。

スニーカーはダメだつってんのに、吸い寄せられるようにアシックスの店舗へ。

でもファッションに疎い私は全然知らなかったのだけれど、アシックスってスニーカーだけじゃなくて普通にパンプスとかも売ってるんですね。

靴は即決した。

アシックスのPEDARAシリーズが、すごいフィット感!靴が足に吸い付いてくる!歩きやすい!

¥33,000(税込)。私にとってはかーなーりーいいお値段だけれど、その値打ちはあるはず。大体、一足くらいはちゃんとした靴を持ってなきゃ。いい大人なんだしね★(…と、自分に言い聞かせる!)

ただこれ、いちいち紐を結び直さないと履けなくて、着脱がやたらめんどくさい。このままじゃ旅行どころか普段使いでも無理だわってことで、帰りに百均でヘアゴムを買って付け替えた。すごく良くなった。

 

帰り道、今日は買い物に連れってってくれてありがとう、とヤカラにお礼を言った。

なんちゃなんちゃ、と彼は答える。

「でも普段から真っ当に生きてたら、きっとこんな風に慌てて服とか靴とか買いに行く必要もないんだろうなー」と言うと

「俺は今日楽しかったよ。会社の旅行が嫌なことも込みで、そういうののために服とか靴とかわざわざ買いに出かけるのって、なんかよくない?いいの見つかったし。デパートで最初に見てた服は酷かったけど、(帰りに雑貨屋さんで買った)ジャケットすごい良かったよ」

と言ってくれて嬉しかった。

いやおまえデパートで瀕死だったじゃんか…

このヤカラは、(そこそこ)優しい人なのだ。それなのに、この子のことなんて何も知らないくせに、全然ちゃんと見てないくせに、営業トークに利用するためだけに「本当に優しいですよね~」なんて適当なこと言ってんじゃねえよ。

 

突如、「あっ!」と思わず声を上げた。気づいてしまったのだ。

「ねえあの靴、もしかしてネットでも買えたんじゃ…ていうか、ネットの方が安かったんじゃ…」

よせばいいのに楽天で検索した。今ちょうど楽天はお買い物マラソン開催中だ。

「値段は一緒だけど、ポイントが…5,244ポイントついてる」と私。

「ごせん…!うわああ…」とヤカラ。

「で、でも、靴は試着してみなきゃわかんないしね」

「店で試着してネットで買えばいいじゃん」

「鬼畜か」

「まあ、足のサイズも測ってもらったしね、それはなんか悪いよね(笑)」

「うん、手間だけかけさせてネットで買うとか、ルール違反よ。そんなことやってるからデパートは窮地に陥ってるんよ。私達にはデパートを守る義務がある」

「俺にはないけどね」

「あとさ」

「うん」

「この靴、しっかり『スニーカー』て表記されてる」

「……。」

 

結果、「スマートカジュアル」指定の旅行には、ワイドパンツ(もちろんウエストはゴム)とダボダボのベストの組み合わせと、スニーカーで行ってきます。

 

帰りの車内でももちろん中森明菜を熱唱した。

往復4時間、中森明菜の『飾りじゃないのよ涙は』だけをずっと歌い続けた。

いつの日か私の歌声を、NHKのど自慢会場から全国に披露する日が来るかもしれないし来ないかもしれない。